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みんなで取り組んでいます 生協全体の活動

9月22日(土)に「0歳からのファミリーコンサート」を行いました

2018年10月03日

9月22日(土)に「0歳からのファミリーコンサート」を行いました♪
演奏には AddOnアンサンブルさんをお迎えしました!(^^)!
(開催場所:千里丘市民センター 参加:大人52名、子ども44名)

アニメソングやドラマ主題歌からクラシックまで、幅広い音楽を楽しめました!
楽しいトークと元気な子どもたちに和やかな雰囲気が流れていました。
コーすけも遊びに来てくれましたよ(^o^)v

<参加者感想>

・10か月の子どもも興味深々で見ていました。
・子どもが自由に動き回ったり声を出しても大丈夫なのが良かったです。
・はじめて、生の楽器の演奏を聴かせてあげることが出来て良かったです。
・子ども向けの曲やクラシックの曲などいろいろあり、大人も子どもも楽しめました。
(主催:生活文化委員会)

ヒロシマ・ピースツアー(8/5~8/6)開催報告

2018年08月24日

8月5日(日)~6日(月)に、組合員11人(内訳:大人7人、子ども4人[小学1年~小学3年])と事務局3人の計14名で出発しました。

<8月5日(日)>
日本生協連主催ピースアクションに参加しました。メインテーマは「ヒロシマの心を次世代のあなたへ ~知って、感じて、動き出そう~」です。
はじめに「アニメと被爆の証言」企画に参加し、よどがわ市民生協の元理事である矢野美耶古さんから被爆の証言をお聞きしました。

73年前の8月6日、矢野さん(当時14歳)は体調不良で学校を休んでおり、爆心地から約4㎞離れた自宅にいました。学校は爆心地から近くにあったため、登校していた生徒・教師は亡くなりました。
矢野さんは遺族から「なぜ真面目に登校していた子が亡くなり、不真面目な子が生き残ったのか」「非国民」と言われ、生きていることが恥ずかしく、何度も死ぬことを考えたそうです。
原爆当時の辛い経験を乗り越え、語り部を通して、平和な世界になることを信じて、矢野さんはお話をされていました。

午後からは、全国の生協組合員が一同に会する「虹のひろば」に参加しました。
オープニングは、原爆による壊滅的な状況の中で奇跡的に焼け残った「被爆ピアノ」を用いた演奏から始まりました。日本被団協代表理事の箕牧智之さんからは、原爆が落とされた時(当時3歳)の話をしていただき、「核兵器廃絶という約15万人の被爆者の願いを実現したい」と平和への想いを話されていました。
ステージ上では、広島県立福山工業高校計算技術研究部による被ばく前後の広島市を再現したVR映像の紹介がありました。学生達からは「人々の生活がそこにありました。それを一瞬で無くした原爆の怖さをこの映像を通じて感じてほしい」と想いが語られました。

次に、広島市立基町高校の生徒が制作した「原爆の絵」の紹介がありました。この絵は被爆者の方から何度も聞き取り、約2年がかりで描かれたものです。生徒達は「何度も何度も描き直しました。描いている時もとても辛かったです」「この炎はただの炎ではなく、何万人もの命を奪った炎」と話され、その迫力に圧倒されました。絵を描こうとしたきっかけを聞くと、「若い世代の自分たちが核兵器の恐ろしさや被爆者の平和への想いを継承しなければならないと思うからです」と答えてくれました。展示会では、子どもや孫に説明をしながら見学をしている参加者の姿が見られました。

虹のひろば終了後、広島平和記念資料館へ向かいました。
資料館には、爆心地から半径2.5キロメートルの市街地を、被爆前と被爆後の航空写真を基にCGで再現した映像や遺留品の数々が展示されていました。
焼け焦げた三輪車、溶けたガラス瓶、原爆投下直後の写真など、当時の悲惨さと核兵器の脅威を学びました。参加者は、じっと静かに展示物を眺めていました。

<8月6日(月)>
2日目8時から平和祈念式典に参加しました。平和記念公園には海外からも多くの方が集まられており、会場では原爆が投下された8時15分から1分間黙祷を行い、平和への祈りを捧げました。式典は複数のモニターからも見ることができ、1つのモニターに100人以上が集まっていました。広島市長からの挨拶では「核による抑止は不安定で危険なこと」「数少ない被爆者の声を聴くべき」と発言をされていました。

式典終了後、東京から式典に出席していた小・中学生たちがよどがわ生協の参加者にインタビューをしにきました。インタビューの中で「いま世界は平和だと思いますか?」という質問があり、参加者からは「日本は戦争がなく平和ですが、世界に目を向けると内戦が続き、平和でない国も多くあります。自分から平和について学び、知ることが大切なので、今している活動を続け平和についての学習を進めてください」と答えていました。

10時から日本生協連の碑めぐり(フィールドワーク)に参加しました。被爆者の遺骨が集められた「原爆供養塔」、原爆犠牲者の霊を雨露から守りたいという気持ちで作られた「原爆死没者慰霊碑」「原爆の子の像」などを見て回り、熱心に聞いている参加者の様子が見られました。
「原爆の子の像」の周りには世界中から集められた千羽鶴が捧げられています。よどがわ生協からも組合員から寄せられた2つの千羽鶴を平和への願いを込めて捧げました。

午後からは、爆心地から約3.7㎞離れた「江波山気象館」を見学しました。当時の気象図や黒い雨の降雨時間などを記した当時の資料を見ました。 お子さんも興味津々に資料や展示物を眺めていました。この気象館は、原爆の爆風(秒速700メートル)により窓ガラスが割れ、今でも館内の壁にガラス片が突き刺さっています。 参加者は驚いた様子でガラス片をじっと見ていました。

<参加者感想>
・虹のひろばでは、被爆ピアノでの演奏や、被爆者の話を絵画にした高校生の取り組みに感銘を受けました(すぐれた調律師によって、美しい音色を取り戻したピアノと、日常生活を取り戻した被爆者の健康ということが重なりました)。

・被爆者の矢野さんからのお話しで、「戦争が始まると校舎が兵舎へ」「熱線で皮膚がボロボロ」「(被爆者が足にしがみついて)お水をください」など生々しいお話を聞き、被爆の恐ろしさが心にズシンと落ちました。「誰が何のために戦争をするのか」の言葉も印象に残っています。
平和祈念式ではテレビでは味わえない雰囲気を感じました。小学生・中学生などの参加が多いのが心強くうれしかったです。この子たちに平和のバトンが渡せたらいいなぁと思いました。「平和」の大切さや命の尊さ、戦争の悲惨さを周りの人たちに少しずつでも伝えていけたらいいなと実感したピースツアーでした。

・73年前は同じ場所で同じ8時15分なのに、火傷や怪我で苦悩の日々が数十年続いた人もいたのだということに改めて気付き、戦争や原爆のない世界にしていかなければならないと、強く思いました。

・1日目の矢野さんのお話を聞いて、むかしの広島はせんそうをして、多くの人が亡くなったということがわかりました。かなしかったです。(9歳)

・わたしが一番いんしょうにのこったのは、多くの人がなくなったことです。せんそうがなく、げんばくがおちなかったらこんな多くの人がなくならなくてへいわな町だったのになと思いました。今も、一万発ぐらいのかくへいきがあるから、はやくなくしたいなと思いました。(9歳)

「ヒロシマ・ピースツアー」を通じ、被爆者の平和への想い・核兵器の恐ろしさを痛感しました。参加者の中に小学生のお子さんが4人いましたが、世代を超えて平和について考える貴重な2日間となりました。
よどがわ生協では引き続き平和に向けての活動に取り組んでいきますので、多くのご参加をお待ちしております。

イサミ吉備高原牧場バスツアーを開催しました(8/1)

2018年08月02日

8月1日(水)、イサミさん吉備高原牧場体験バスツアーを行いました!(^^)!
大人18人・子ども11人が参加。猛暑の中での開催となりましたが、元気いっぱい楽しんでいただけました♪

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牛舎の見学では、小さい子牛から出荷前の大きい牛まで沢山の牛さんを見ることができました。
また、和牛とホルスタイン牛の特徴や違いなども教えていただきました。
初めて間近で見る大きい牛さんにみんなびっくり!!

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エサやり体験では、手から直接牛さんに食べてもらいました。
こんなに大きい飼料もあげちゃいます!たくさん食べて大きくなってね。

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お昼ご飯は、焼きたての美味しいお肉を準備してもらいました!美味しいお肉の焼き方も教えていただき、お腹いっぱいになりました(●^o^●)
美味しいお肉をいつもありがとうございます。

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★参加者のお声(一部抜粋)★

〇牛と触れ合えてえさやりもできて楽しかった

〇牛の肥料のことや焼き方など、いろいろ知れてよかった

〇お肉がやわらかくて美味しかった

〇大人になっての社会見学で楽しかったです

親子田植えバスツアーを開催しました

2018年05月16日

5月12日(土)に親子田植えバスツアーを行いました(^o^♪)
滋賀県近江八幡市JAグリーン近江八幡西支店さんご協力の元、19人の組合員さんとそのご家族に参加して頂きました!

天候は快晴!半袖でも暑いくらいの田植え日和でした!
地域の田んぼの事や、植え方を教わり、いざ田植え開始......

小さいお子さんもお父さん・お母さんと一緒によいしょ......よいしょ......
泥に足を取られたり、植える深さや間隔に悩みながらも、頑張りました。
また、一緒に田植え機にも乗せてもらいました。早い!

田植えの後は、昼食&学習会。
炊き立てのご飯「秋の詩」と地元食材たっぷりのお弁当とお味噌汁を頂きました(*^_^*)
学習会ではお米がどうやって出来ているのか、お米のこだわり等を直接教えていただくことが出来ました。

「貴重な経験が出来た」「産者の方々の想いや、苦労がよく分かった」「どろんこになったけど、楽しかった」など、たくさんのお声を頂きました!
9月には稲刈り体験のバスツアーも予定しておりますので、ぜひご参加ください♪

日生協主催「第35回 沖縄戦跡・基地めぐり」に参加して

2018年05月07日

2018年3月28日(水)~30日(金)、日本生協連と沖縄県生協連共催の「第35回沖縄戦跡・基地めぐり」に参加しました。
よどがわ生協として初めて一般募集をかけ、合計3名(組合員2名、事務局1名)で参加してきました。
参加目的は、全国の生協組合員、そして沖縄の人たちと一緒に、沖縄戦がどのような戦争だったのかを学び、現在の沖縄における諸問題や平和をめぐる課題について考えることが目的です。

<3月28日(水)> 1日目

全体会に参加し、まず初めに、コープおきなわ元副理事長・横田眞利子さんによる「沖縄の歴史・沖縄線・沖縄基地」のお話を聴きました。
続いて、会沢芽美さんの「平和の歌」では、沖縄戦で起きた惨劇を、歌を交えて伝えていただきました。
当時沖縄戦で、自身の子どもを殺さなければならない状況に追い込まれた母親の気持ちを知り、涙される参加者の姿もありました。

全体会後半は、米国潜水艦の魚雷により沈没した学童疎開船「対馬丸」に乗船し、奇跡的に生還した平良啓子さん(当時9歳)のお話を聴きました。
平良さんは、当時一緒に乗船していた時子さん(従妹)を助けられなかったことを74年経った今も悔やまれておりました。
「戦争はその場にいるだけで自分が人殺しになってしまうかもしれない」という言葉に、戦争の悲惨さを痛感しました。

<3月29日(木)> 2日目

2日目からは、3つのコース「基本コース」「親子コース」「辺野古・高江コース」に分かれ、よどがわ生協は「基本コース」に参加しました。
沖縄平和ガイド・与儀さんの案内で、まずは普天間基地を一望できる嘉数高台に向かいました。
嘉数高台から見える景色一帯では、沖縄戦で最も激しい戦いが行われたことを知り、双眼鏡を用いて熱心に基地や周辺を見て、質問をしている参加者の様子が見られました。

辺野古(テント村)では、5093日間(3/29現在)の座り込みをしている現地の方のお話を聞きました。
話の中で「反対の一番の理由は、もし戦争が起きた場合、真っ先に沖縄が戦場となってしまうから」と話されておりました。
また、沖縄では海の豊かな恵みがあったからこそ、戦時中も沖縄の人々の支えになったことを聞きました。
私たちの思う海よりも特別な想いを寄せているからこそ、辺野古への基地移設反対という強い想いがあることを知りました。

辺野古からバスで移動中、1機の戦闘機がバスの上空を通過しました。
バスは閉め切り、基地移設に関するDVDを見ている最中でしたが、戦闘機が通過する間、DVDの音が聞こえなくなるほどの爆音が響き渡り、騒音被害の現状を体感しました。

<3月30日(金)> 最終日

はじめに「平和の礎」へ向かいました。平和の礎には、国籍や軍人、非軍人を問わず沖縄戦で亡くなられた人々の名前が刻まれ、今もなお刻銘が続いています。
礎には死没者が都道府県ごとで分けて刻銘されており、参加者は自分の出身地の場所を探していたり、見て回っていました。
礎の前では、数珠を持ち、手を合わせている参加者の様子が見られました。

平和記念資料館では、沖縄戦でボロボロになった子ども服や若い日本兵の遺体の写真、壕の中でわが子を殺す母親の人形等、当時の沖縄戦の惨劇を知り、参加者も言葉を失っていました。

資料館見学後は、糸数壕(アブチラガマ)に行きました。
糸数壕は、全長270mの洞窟ですが、600名以上の負傷兵で埋め尽くされていた場所です。
中は明かりもなく、懐中電灯を照らしながらでないと何も見えない状況でした。
地面がぼこぼこで濡れており、過酷な環境で引き返す参加者もみられました。
途中、ガイドさんの指示で参加者全員の懐中電灯を消すと何も見えず、不安になり「怖い」と言葉を漏らす参加者の姿もありました。
当時は食料もなく、恐怖に怯えながらこの過酷な壕の中で過ごしていたことを想像すると、胸が痛くなりました。

<参加者感想> 一部抜粋

・ガイドさんの話しは分かりやすく、嘉数高台と普天間基地、辺野古、瀬嵩の浜、及び安保の見える丘と見て回りましたが、とりわけ普天間基地と辺野古の関係は、私達が日ごろ新聞報道で言われている代替基地を作るという話とは実際、随分異なるようですね。沖縄の人々の安定した平和はいつ来るのか。本土の人間として、何が出来るのかを改めて考える機会となりました。

・他生協から参加されている方と、「平和への願い」「生協の在り方」への共通した願いで頑張りたい事、社会を良くしたいことを共有しあえました。今回の戦跡めぐりで、戦後生活再建に海の資源があったからこそ命をつなぐことが出来た事を知り、改めて美しい海を潰してはいけないと思いました。外国の基地は人々の暮らしに何も幸せをもたらしてはくれない。平和を大切にする事、憲法を守るメッセージを広めて、生協が皆の幸せの為に、組合員の力を寄せて欲しいです。

今回の沖縄戦跡基地めぐりを通じ、沖縄の問題を自分の事として考え、学び、伝えていく事の大切さを改めて痛感しました。
来年度も一般組合員へ募集をし、「沖縄戦跡・基地めぐり」は継続して参加していきたいと思います。
よどがわ生協では引き続き平和に向けての活動に取り組んでいきますので、多くのご参加をお待ちしております。

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